旅の恐怖

2015年9月10日 日常
旅の恐怖
油断したこと、あるかい?


外で遊んでいると「ちょっとした油断が命取り」ってことがままある。

季節は夏だったと思う・・・ちょっと自信は無いが冬じゃ無かったのは確かだ、冬は寒過ぎてツーリングする気が起きないからな。

何処だったか・・・房総へのフェリーを挟んだツーリングへ出掛ける前日だったと思うが、ちょっと怖い目に逢った事がある。

と、言っても超常的あるいは心霊的なものではないので安心して欲しい。

俺はあくまでも物質界の住人なんで。




翌朝早くに出発するために前夜に進める所まで進んで仮眠するというのは、当時の俺がツーリングの際によく使っていた手法だ。

バイクに乗るというのは案外疲れるもので、特にオフロードバイクは荒地を走る際にハンドルを押さえ込めば肩や背中が、長距離になると姿勢が起きている為にシートに当たる尻や腰が痛むと相場が決まっていた。

だが、なるべく無駄な休憩はとりたくないので「走る>寝る>走る」という忙しないスタイルになったのだ・・・決して俺が趣味的に収集している便利キャンプ道具を一回でも多く使ってみたいからなどという不純な動機ではない、たぶん。

まぁ、なんにせよその時俺は東京渋谷の手前辺りから伸びる国道246が、相模川を越えて大きく弧を描いて南下を始めた辺りの深夜の河川敷に居た。

この辺りは幅広い河川敷に下草や人の背丈よりも高く伸びた葦原が広がり、人の入り込んだ場所だけが地面を見せている自然の巨大迷路を形作っている。

今もあるかどうかは定かでは無いが近くには広く下草が刈り取られ、ラジコン飛行機の発着場になっている場所もあった。

水辺は侵食によって出来た白っぽい丸い砂利が敷き詰められ、休日の昼間はシュノーケルを装備した4WDが河渡りにチャレンジするのもしばしばだ。

(シュノーケル必要ないくらい浅いけどな)


河川敷の暗がりに厚木の街の明かりが堤防の上にぼうっと光って見える。

耳を澄まさなくとも川風に途切れ途切れに暴走族の排気コールが聞こえる中、河川敷の葦原を弱々しいオフ車の光源で野営場所を求めて彷徨う。


そういやここの巨大迷路はどうやって形成されるか知ってるか?


・・・俺は知ってるぜ。


葦原に用事がある奴は昼間なら釣り人、夜ならカップルだ。

人の背丈より伸びた葦原の奥にカーブしながらクルマを突っ込めば、そこは四方を目隠しされた即席のモーテルってワケらしい・・・俺は文明人だからちょっとそういうワイルドな奴は経験が無い。

シャワーの無いキャンプ場なr・・・いや、忘れてくれ。

兎に角、以前に同じように深夜の河川敷を彷徨っているときに思いっきり行為中のクルマに正面からライトを当て、いたしている方達と目が合ってしまって河原を追い回されたことがあるからな。

いや、正直スマンかった・・・つか近くにいっぱい休憩所あんだろ、そこ使え。


そんなワケで慎重に寝床を探していたんだが、その日は何故かすんなり場所が見つかったんだ。

普段だと都合のいい場所は結構埋まっているんだけどね。

思えばそれが・・・いや、その現象が後の事件の前兆というかヒントだったんだな。

眠いのと家で飯を食ってから出てきたのもあって、何もせずにいきなり自立式のテントだけを張るとペグも打たずにそのまま寝たんだよ。


夜半、浅い眠りの中で何か・・・何かザワつくような、唸りとも振動ともつかぬ嫌な感じがした。

急に寒気を感じた俺は暗闇の中で覚醒した。

なんだ?何かヘンだ・・こんなに濡れて・・・!?

思わず上体を起こした際についた手を引っ込めてしまった俺は暗闇の中でよろけ、冷たい液体の詰まった袋の上に転がった。

・・・なんだ?なんなの!?コレ!!

手探りでテント上部のポケットに入れてあったキーリングを掴み、そこに繋いでいたマグライトを点ける。

ここに至って俺は初めて理解した・・・今、自分が水が浸入し始め、半分浮き上がったテントの中に居ることを。

すげえな!ラフ&ロードのテントのバスタブはかなりの防水性能なんだな!

いや、今はそんなコトに感心してる場合じゃないよ!どうなってんの!?

普段から夜露で靴が濡れるのを嫌って室内に入れるクセがあって助かった、俺は尻が濡れるのは無視して座ったままブーツを履き、テントから這い出す。

「つめて!」

じゃぼっ!っと足首まで来ている水がブーツに入り込んで思わず舌打ちするが、今はそれどころじゃない。

これはアレだ、この辺には降雨が無くても上流の増水で水門を開いたんだ!

くそ!知ってたはずなのに・・・サイレンを聞き逃した?お仲間が一人も居ないのに疑問を感じるべきだった?そもそも河川敷で寝るなって?そんなもん承知の上だっただろうが!!

周囲の光景は寝る前とは一変していた。

マグライトの光が当たった葦原はざわざわと不気味なうねりを見せ、堤防の上から漏れる街明かりが鈍色の水面にちらちらと反射していた。


たまたま横着してペグ打ちせずにバイクも停めっぱなしだったのが幸いだった。

俺はすぐ傍に立ててあったバイクに駆け寄ると、マグライトは口に咥えスタンドを蹴って車体を斜めに倒したままキックする。

パパンッ!!

暖気もクソも無いアクセルオンに不満げな蒼煙を吹きながらエンジンに火が入る。

「んがっ!」

俺は回転がモタつくのも構わずアオリからカンッ!とクラッチを繋ぎ、棹立ちになった車体をペダルと強引なハンドル操作で無理やり180°転換した。

ばちゃん!と着水したフロントの泥飛沫がテントを汚すのに一瞬イラッとしつつ、そのままスタンディングで堤防まで最短距離で走り、登る。

スタンドを掛けるのももどかしくバイクを離れると、今度は荷物を取りに土手を駆け下りる・・・が、一歩踏み込んで足を止めてしまった。

「うおっ!!」

既に水位は膝下まで来ている。

一瞬、このまま荷物を全部捨てようか迷うが、貧乏で意地汚い俺は荷物の回収をすべく泥水に飛び込んだ。

葦原で水流が弱められていたのか、はたまた押し寄せる水の流れが岸に寄せていた為か定かでは無いが、俺のテントと中にあったヘルメットやザックは半分浮かぶように漂流しているのを発見して無事に回収することが出来た。

・・・無論、その全てが泥水でびちゃびちゃに濡れていたけどな。





東の空が青白く染まる。

「・・・べくしっ!」

結局、俺は鼻を啜りながら堤防の上で夜を明かした。

普段はグラウンドシート代わりにしているNASAの技術が活きるというエマージェンシーブランケットにくるまって、その辺の枯れ木と固形燃料で作った焚き火にあたっている。

濡れたシュラフやテントは絞れるだけ絞ってから広げてバイクに掛けてあるが、こいつが乾くのにはたっぷり半日かかるだろう。

ブーツや服は走ってる内に乾くからまぁいいや、とりあえず飯でも作って考えよう。

「・・・よっこいせっと」

俺は座っていた中綿を抜いたヘルメットから立ち上がると、寒さからみしみしと音を立てる背中を伸ばした。




数年前、相模川中流域の中洲でキャンプしていた連中が、ダム放水の警告を無視してえらい目に逢っていたろう?

俺は・・・あのニュースを見たときに内心「こいつらのことは笑えんなー」と思っていた。

河川敷だったからどうにかなったし、一人だったからどうにでも出来た。

でも、誰かを連れていたらどうだったろう?面白がって中洲に渡っていたら助かっただろうか?

大雨・洪水のニュースを聞いていたらちょっと思い出した。




そう、外遊びは油断していたら簡単に死ねるんだ。

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