旅の想い出

2015年7月30日 日常
旅の想い出
(・・・思ったより傾斜がキツい・・・)

一雨あれば即席の沢になるであろう細い溝を中心に、所々木の根や石が見え隠れ、緩く蛇行する15m程の坂道を前に独りごちる。

他の道も無いことはないが、それはこの坂を迂回するルートと言うより単に石段に置き換わった遊歩道に過ぎず、バイク的には選択の範囲外だ。

「仕方ねェな・・・ちっと勢いをつけてやっか」

俺はクラッチを握るとカツンとギアを一速に入れ、ブレーキを握ったまま車体を大きく左へ倒すと、アクセルをあおってからクラッチを乱暴に繋ぐ。

ブバッ!という音と共に付近の枯葉や砂利を弾き飛ばしてグルリと車体が半回転した。

場所の都合で坂道から20m程後退して再びバイクを方向転換させると、軟らかい路面になるべくトラクションを加えるように気を遣いながら加速する。

「それっ!行けッ!!」

自分に気合を入れるように叫びながら傾斜に挑む。

路面中央にある溝に前輪をねじ込み、途中からは不恰好に両足をバタバタと着きながら進む。

暴れる後輪が小石を蹴り出し、露出した木の根をビリビリと削る嫌な音を聞きながらじりじりと車体を前に押し出す。

「・・・おっし!やッ・・たッっと!!」

どうにか前輪が坂の上に「掛かった!」と思った瞬間、後輪が空転気味に横滑りし・・・踏ん張った左足も空しく、バイクはバッタリと横倒しになった。

少なからぬ股裂きの危機ではあったが、辛くも車体の下敷きになるのを逃れた俺は慌ててキルスイッチを操作してエンジンだけは停止させ、飛び退くように車体を離れる。

幸い、左側のハンドルとステップとが土に刺さっていて、車体が坂を滑り落ちる恐れは無いようだ。

俺は立ち上がってほうっと溜息をつくと、バチンバチンとバックルを外して背負っていたザックを地面に下ろした。



「・・・まぁ、こんなモンか・・・」

持っていたクレモナロープと立ち木を使って車体を坂の上に引き揚げた俺は簡単に各部をチェックする。

樹脂製のフロントフェンダーが微妙に捻れていたり、派手に土を掘り返した左ハンドルガードが泥だらけだったり、ラジエターシュラウドと左の後部ウインカーの樹脂製ベースが折れてブラブラしている位で大したコトは無い・・・大丈夫だ、問題無い。

俺は叩くように各部の土塊を落とすと、ウエスで擦ってからガムテープで樹脂部品を固定する・・・シュラウドは外してしまっても良いが捨てていく訳にも行かない以上、荷物を増やさないように定位置に居てもらう方が邪魔にならない。

燃料コックをONにしたまま暫くスタンドを立てておけば、転倒してドレーンから流れ出てしまったキャブレターのガソリンも元の油面に戻っている筈だ。

三回目のキックで息を吹き返したエンジンに内心ほっとしつつ数回アクセルをあおると、薄蒼い排気煙と共に甘いオイルの焼ける匂いがした。

周囲を回って灯火類を簡単にチェックし、ブレーキを握ったまま跨ったバイクを前後に揺すって足回りを確認する・・・どうやら問題は無いようだ。

俺は地面に置いたザックを拾って背負い直すと、鼻の頭に浮いた汗をグローブをしたままの指で摘み取ると再び走り出す。

目的地まではもう目と鼻の先の筈だ。


東京湾を望む房総半島の低山には江戸末期から前世紀の大戦中にかけ、アリの巣の如く穿たれた無数の地下道と湾内を見下ろす砲座や見張台が造られ、今はその存在も忘れ去られて鬱蒼と茂る広葉樹林の中に苔生している。

房総の山中の道路を走っていると時折見かける、むき出しの岩肌に半円形の封がされているトンネルの入り口みたいなやつもそういった施設の一つだ。

近隣の住民が自分の敷地内にあるからといって、半ば既得権益的に倉庫やキノコ栽培場として有効利用している場合があるが、そのほとんどは行政が管理する封印がなされていて立ち入りが禁じられている。

難所を超えた先には海を臨む展望公園といった風の、ベンチと案内板のみで構成された雑草が膝まで生い茂る人気のない小さな広場があった。

俺はその一角にバイクを停め、周囲に人が居ないのを確かめると腰裏のベルトシースから短めの鉈を抜いた。

腰まである下草や蔓を斬り払いながら公園から少しだけ逸れた緩斜面を進むと、山肌に垂直に鋸を挽き入れた様に穿たれた通路があった。

ここは人里からいい加減離れているせいか、はたまた目立たない入り口の為なのか、それほど山に入らなくてもいい数少ない「穴場」らしい。

道場の先輩からおおまかな場所を聞きだしていた俺は、今回のツーリングの目玉にこの遺構探索を据えていたのだ。



時折、肩幅より狭くなる通路を身体を斜めに捩りながら進む・・・背中のザックが壁面に触れて土埃が落ちる。

岩の上の苔や水溜りに足をとられそうになったり、ヘルメットのシールドに時折引っかかる女郎蜘蛛の巣に閉口しながら50m程先まで進むと、左手に立ったままでは通れない背の低い横穴があった。

覗き込むと真っ暗闇の奥に光が見える。

(・・・怖ええ)

ごくりと生唾を飲み込むと、僅かに逡巡する。

「・・・ま、今すぐ崩れるってワケじゃあるまいよ」

俺は腰のポーチからフラッシュライトを取り出すと左手に握り、右手には抜いたままの鉈を構えて中腰に屈んだまま横穴にもぐり込んだ。

横穴の壁面は乾燥して埃っぽい・・・ライトを当てるとムカデやゲジゲジの類が慌てて逃げてゆく。

15mも進むと、突然周囲が開けた。

立って歩ける高さの天井がある四畳半ほどの広さの正面が開放した石造りの部屋といった風で、部屋の中央には周囲に錆び付いた歯車のある同心円状の設備があった。

「これは・・・砲台跡か・・・」

部屋の正面を覆う蔓草や周囲からせり出す潅木の枝葉を鉈で払って見回せば、そこが割かし切り立った斜面にぽっかりと開いた場所で、さっきバイクを停めた展望公園の北側で少しだけ高い場所だというのが判る。

眼下には浦賀水道の太平洋側、そしてその先の緑の低い峰は三浦半島だろう。

俺は立ったまま青黒い海面と、そこに白い航跡を曳きながら行き交う船をしばし見つめていた。



折角訪れたからにはお土産を・・・いや、探検の証拠となるモノを求め、部屋を探索する。

埃まみれの部屋からは錆び付いた砲弾の空薬莢や不発弾、うち捨てられ最早錆の塊と化した小銃など・・・のお宝は一切見つからなかった。

代わりに錆び付いた空き缶、部屋の隅に溜まりに溜まった吸殻、年季の入った怪しい写真誌や空の薬瓶、壁面に無数に彫られたヒロトxマナミ・マサヤxミナコなどといった愛合傘や、ヘタクソな油性ペンによる欲望丸出しのイラストにイラっとさせられるのみであった。

考えてみれば道場の先輩が場所を知っている時点で、この場所が(先輩を含む)地域のヤンキー連中の知るところであり、更に言えば不良行為全般、つまり、いかがわしい薬剤吸入や不純な異性との交遊の場になり得る十二分な資格を持っている。

そこまで思い至った俺は短く嘆息し、すごすごと元来た道を再び腰を屈めて戻るのだった。


些か興を削がれた感のある遺構探索であったが、ツーリングの醍醐味は俺的にはキャンプであると軌道修正をかけておく。

展望公園からの林道を下り、陽の陰り始めた山間の県道をひた走る。

俺が海沿いの国道に出たのは既に陽も落ち、西の空が赤く焼けた頃だった。

道路沿いのコンビニでトイレを済ませ、食料と水を調達すると今度はキャンプサイトを目指して走り出す。

房総の海岸沿いには地元の漁協が仕切っている駐車場という体のキャンプ場が無数にあるが、俺はあまりそういう場所を好かない・・・なんか管理されているみたいで嫌なのと、単に料金を支払うのが馬鹿馬鹿しいからだ。

時間があったら食料の調達もなるべく現地でかつ自力でというのが本来のスタンスなのだが、今回はメインが遺構探索だったからな・・・いや、まぁ、それはそれで遺憾な結果だったワケだが。

結局、俺が選んだのは海岸沿いの遊具の無い公園というか空き地みたいな場所だった。

俺は空き缶を潰したものをバイクのスタンドの下に入れてバイクを立てると、バイク自体を二本のクレモナロープとペグを使って固定する。

それから自立式のテントを組み、バイクを風除けにしてテントを固定した。

不整地ではスタンドが土や砂にめり込んで車体が転倒することもままあるし、海沿いでは風が吹くことも考慮しなければならない。

実際に転倒したバイクにテントの骨もろとも骨折させられそうになった俺は、そういうコトに気が回る男に成長出来たという訳だ・・・いや、マジ痛かったけどな。

寝場所を確保したら食事の準備・・・とはいえ、今夜のディナーメニューはカップ麺なので簡単だ、すぐおいしい、そこそこおいしい。

俺はザックのポケットから巾着袋に入ったアルミ製の三脚五徳を取り出した。

これは自作の固形燃料を使ったストーブで、収納状態から脚を広げて燃料皿にアルコール主体の固形燃料を載せるだけのシンプルな造りになっている。

自分の体と荷物を風除けにしてライターで着火し、音も立てずに蒼い焔が揺らめくのを確認すると、ペットボトルから水を移したトランギアのアルミケトルをそっと五徳に載せた。

カップ麺を汁まで完食したら、少し残ったお湯を注いで容器を回し洗いし、今度は紅茶を淹れる・・・最後はこの食後のお茶で口を漱いでオーラルケア終了とする。


海沿いの国道は深夜になっても時折車が通る。

その度にヘッドランプの光線がテントに当たって少々鬱陶しいのを除けば、街灯も無い海辺の夜は繰り返される波の音と空の月、無数の星明かりだけの単純な世界だ。

テントで寝るときはいつも外の音がキニナル・・・が、これは仕方が無い。

身体が野生に戻る・・・布生地一枚隔てた外の空気を肌で感じ、見えない危険に神経の昂ぶりが蘇らない奴のほうがオカシイのだと俺は勝手に解釈している。

明日の朝は何をしよう?

すぐ下の海岸には降りられるだろうか?

潮が引いていたら何か旨い生き物が獲れるかも知れぬ・・・ああ、早く明るくならんもんかなぁ!

大概、そんな様なコトをつらつらと想いながらシュラフに半分身体を突っ込みつつ意識を失い、ほとんどの場合たいへんな早起きになる。

これもまた、食い意地という野生の効果である。

コメント

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索