雑感:追記

2013年12月5日 日常
雑感:追記
先ずは「天安門」・・・っと。



今日、参議院で秘密保護法案とやらが採決されるらしい。


俺はアンテナが低いせいか、一連の騒ぎにイマイチ乗り切れずに今に至るんだが・・・。



ぶっちゃけて言えば俺はこの法律には賛否のどちらでもない。

・・・いや、違うか・・・情報が少ないが故に「どちらか判断が付かない」というのが正直な感想だ。




首相をはじめ政府与党は「理由は言えないがコトは急を要する」とばかりに成立を急ぐが、「何故、それが今必要なのか」についてはお茶を濁し続ける。

対する野党各党は口々に「民主主義の精神に悖る!」「戦前の恐怖政治への回帰」などと感情に訴えるが、やはり「何故、それが今必要だと彼らが訴えているのか」については一顧だにしない。

これでは互いに相手を糾弾し、自己の主張のみを声高に訴えるだけの水掛け論にしかならないな・・・まぁ、政治家(笑)先生達にとっては日常だから気にしてないんだろうけど。



そもそもメリットなくして誰が動こうか?

成立するとどんな国益があるのかな?



先日スノーデンさんにこっ酷くやられた人達辺りからの圧力だろうってのが大勢の見方なんだろうけど、誰も「そうだ」とは言わないからなんとも言えない。

強行採決しても棄権票多数で衆議院に差し戻されそうな気もする・・・それが民意ならそれはそれで仕方ないが、「民意」と「人気」は違うと俺は思うけどね。

「民意」を測るには「情報」が偏ってるし、政治家(笑)先生達は「人気」に敏感だ・・・恐らくその判断基準はおおよそ「民意」からはかけ離れている。



(そもそも「国益」ってのも怪しい言葉だしな)


・・・侵略戦争を仕掛けられそうな立場に居て、国防を誰かに任せていた某国。

その誰かが自国内でのある種の後ろめたい活動を第三者的な立場の某国に押し付けたいという理由で等価交換の品に選んだのがその国の防衛活動。

折りしも侵略的専制国家が版図拡大を宣言、対応に追われる某国政府が選んだ道は・・・というのは恐らく再来月あたりのゴルゴ13の粗筋・・・いや、今俺が考えただけだけど。




俺はこの「仕組み」が特別ヘンだとは思っていないが、それはそういう状況の中で生まれ育ってきたからだよね。

でも、依存形態が「不自然だ」と感じるならば、自然な状態というものの維持管理に係わる経費や犠牲と言うものにも思考を巡らせるべきだろう・・・果たして費用対効果が今より優れているのか、とかな。




俺はどっちに転んでもそれなりにやっていくつもりだが、「判断せよ!」と言われても現状では「なんとも言えぬ」と思う。










まぁ、誰も俺に「判断」を求めてはいないがな。




注・ああ、断っておくが俺はこの件について(思想的に)何も考えていませんのでキチガイの主張は完全な一人相撲ってコトになります、悪しからず。



追記:

・・・少しだけ勉強してみる。

なるほど、メリットはそれなりにあるらしい・・・今迄は「情報管理の甘さが故に関係各国と犯罪情報の共有がなされなかった」というのは驚きだが、単に「信頼に値しない国」というレッテルを貼られているだけのような気もする。

「ハーグ条約未加入国は拉致推奨国家」みたいな言われ方は心外だが、「外交上の情報は秘匿するのが国際ルールかつ世界標準」だって主張するんならそれはそれで仕方ないだろう・・・この場合は己の信義にかけて我が道を貫くか長いものに巻かれるか、だな。

(ここでは後者らしい)





法律の運用範囲が限局されればそれは最早秘密でもなんでもない・・・「幾ら入っているのか、現金なのか貴金属なのかは解らないが確かにソレはこの引き出しに入っています」という状態のヘソクリは、既にその存在が明らか過ぎてヘソクリたり得ないだろうから「範囲」は明らかに出来ぬ。

で、その運用は極めて恣意の入り易い「人間」がその場その場で「感覚的」に行なわれる。

(明文化すると前述の理屈になるため)





でも、その「人間」・・・運用する「人間」を選んでるのは我々主権者たる国民。



















「メリット・デメリット」という話とやや感覚的な「運用如何によっては危険」という全く異なるベクトルでの論争が事態を複雑化させているワケだが、我々の大好きな「民主的手法」により各地の代表たる議員を国会に送り込んでいるんだろう?

じゃ、国民一人々々がしっかりしてればいんじゃね?


(「選挙には興味が無ェが文句は言いたい」なんてのはやっぱりダメなんだろうねぇ)






と、今ここまで来たトコだ。




今後はまたわからんが政治の本質には常に矛盾がつきまとう・・・・ものらしい。

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